オオイチ狂想曲 1

前からのつづき


北海道の滞在中、層雲峡に2泊3日滞在しました。
北海道特産種のほとんどは、大雪山を含めたこの周辺を探索すればお目にかかることが出来るからです。
とはいっても、種ごとの微妙な発生期のズレがあり、短期間の滞在ですべてをオーソライズすることは難しいのですが。

ここには、同好の士には良く知られた蝶好きのオーナーが経営するペンションがあり、私もそこにお世話になりました。
このペンションに宿泊するということは、実は、私のような採集をせず、写真だけの趣味のものにとっては少々違和感を感じる場所でもあります。
というのも、ここに泊まる人の多くは、チョウの採集者で、そのほとんどの人はオオイチモンジが目的です。
しかも、単にオオイチモンジが欲しいというだけではなく、とりわけ少ない♀を、さらには、ごくまれに出現する黒化型の通称「クロオオイチ」を採集することが最大の目的のようです。

毎晩、夜9時になると、オーナーを中心に宿泊者のその日の収穫と成果が披露されます。
多くの人は♂のノーマル個体ばかりでつまらなかったとこぼしながら、今日は14頭、昨日は21頭、ある人は1週間で150頭ぐらい採ったなどと報告しています。
そして、やっとこの数日メスが採れ始めた、Aさんは4頭、Bさんは2頭、Cさんは9頭も採れた。ほかの人はまだ♀を見ていない、などという状況が報告されます。
黒化型は今年は3頭採集されているという話も出ました。
オーナーの話すところによると、層雲峡一帯の細かく分岐した渓谷の沢筋に、毎日30人以上の採集者が入り込み、それぞれが二桁単位のオオイチモンジを採集していくということでした。
人によっては、1週間か10日間も滞在し、一人で3桁のオオイチモンジを採るという話です。
優良なポイントを確保するために、熱心な人は朝3時ごろから起きだして、縄張りを決めておくということも常態のようです。

採集者が狙っているクロオオイチというのは、最初に上高地で黒化型が記録され、その後オオイチモンジが多産する層雲峡一帯にかなりの確率で異常型が発生することが判り、その黒化のレベルも、全面的に真っ黒になるG5から、ノーマル個体が黒化した程度のG1までの5段階に便宜的に分類されています。
当然多くの採集者は、珍奇で稀なG5個体、それもできれば数が少なく大型の♀を採ることを夢見て、全国からこの地にやってきます。
毎年長期滞在する常連さんも数多いということです。

中には、ビギナーズ・ラックで、初めて層雲峡を訪れ、一日でノーマル♂はもちろん、♀、クロオオイチまでも採集してしまったという人(私が滞在中にそういう人がいました)もいれば、10年近くも通い続けているのに、いまだにクロオオイチの目撃さえもできない、という不運な人もいました。
常連さんの中には、異常型だけに焦点を絞り、ノーマル個体は一切関知しない、という方もおられるようですが、そんな人でも♀は採るという人がほとんどで、やはり♀の巨大さが採集本能を刺激するのでしょう。
オオイチモンジという蝶は、本州ではほとんどの場所で採集禁止、またはきわめて数が少ないということもあり、遠隔の地・北海道まで出かけていくからには、目いっぱい採集したいというのが採集者の心理なのかもしれません。

わたしは、昔は標本を作ったこともあり、採集も決して否定するわけではないですが、チョウの♀を一頭でも捕まえて殺すということにさえ、なにがしかの痛みを感じずにはいられないので、同じ種類の蝶をまとめて多数採集する話を聞くと、悲しい気持ちになります。

とはいえ、こうした採集専門の人たちは、その採集欲ゆえの探求心や探索心は旺盛で、積極的に未知の地域に挑んで行っては発生地や生息環境の新知見を見出しているのは事実です。
わたしは、こうした人たちの採集手柄話を聞いて、内心心を痛めながらも、それでもまだ見ぬ蝶のポイント情報を得たいものと、毎晩のミーティングに顔を出しました。

そして結果的には、そのミーティングであまり話題になっていなかった場所で、♀ばかりか、G1の黒化型を2頭も撮影することができました。
ペンションのオーナーには、撮影しただけですと言ったらいかにも残念そうな顔をされてしまいました。
オーナーは早速、私を10年通ってもまだクロオオイチと縁がない不運な方の部屋に連れて行き、どこで撮影したのかなどを詳細に聞かれ、その方は翌日その場所で一日粘ったそうですが、結局クロオオイチの姿を見ることはできなかったと落胆していたそうです。

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2014/07/15   層雲峡上流

オオイチモンジの谷
渓流に沿ってドロノキが点々と生えています

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2014/07/15  層雲峡上流

オオイチモンジが飛ぶ場所は、ヒグマたちの住処でもあります。
ゆうに2Mを超す♂の成獣。
クマとの距離は約100Mぐらいです
手前にいる私には全く無関心に沢の向こう岸を歩いて行きました


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2014/07/15  層雲峡上流 

ドロノキの成木。
この木にオオイチモンジは卵を産み付けます。


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2014/07/15  オオイチモンジ 層雲峡上流

ドロノキの梢を滑空するオオイチモンジの姿が見えました。
午前中の早い時間、または午後2時ごろに地上に降りて吸水、または吸餌する以外は高い場所にいるようです。


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2014/07/15 オオイチモンジ♂                    DMC-GH4 f/4 1/2000s ISO-500 45-175mm

河原に吸水のために降りてきた♂
人の気配に敏感で、ある程度まで近づくと、少し体を動かしただけでも落着きなく飛び回り、高い梢に戻って行ってしまうことが多かった。


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2014/07/16 オオイチモンジ♂                    DMC-GH4 f/4 1/800s ISO-800 45-175mm

午後の陽ざしが傾くころ、羽化したばかりのような綺麗な♂が倒木にやってきた。
この倒木の真上にドロノキが数本生えていて、蝶たちは20・30分おきぐらいの間隔で下に降りてくる。


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2014/07/16 オオイチモンジ♂                    DMC-GH4 f/4 1/600s ISO-400 45-175mm

別の♂
これもピッカピカの綺麗なオオイチでした
下方からの顔のアップを狙ってみました



以下、つづく