山形のギフ属混棲地で・・

昨日、季節はずれの猛暑が日本列島を覆うなか、山形のギフ属混棲地へでかけました。
山形の内陸部は前年の積雪が特に多かったせいで、雪解けが例年の半月以上遅くなっていて、いつもの年だと4月下旬にはヒメギフの発生盛期、ギフの発生初期に当たるのですが、今年はまだ山道は深い雪に覆われていました。
GW前に出かけて、谷筋を埋め尽くしている雪を見て、すごすごと引き返してから、3週間。
GW期間中はあまり気温が上がらなかったとはいえ、毎日少なくとも10度以上の日は続いていたはずで、今度こそは大丈夫だろうと、前日は山形で29度という異常な暑さを記録した翌日の晴天を狙って出かけました。

山形では基本的にヒメギフが内陸南部、および最上川を挟んで北東側に主な生息域があり、ギフは主として日本海沿岸部~月山~鳥海山に至る西側に生息地が散在しています。
新潟は平野部を除く全県いたるところにコシノカンアオイが広く分布していて、ギフチョウも広範囲に棲息していますが、何故か福島北西部~飯豊連峰を境にヒメギフチョウは突然姿を消してしまいます。

こんなギフとヒメギフの分布によって、山形の最上川沿いや鳥海山山麓、月山南部でこの2種が混生している場所があるのですが、多くの場所でギフの発生数が一定せず、ヒメギフの個体数も減少傾向ということで、名実共に同じロケーションのなかにギフ属両種が飛び交う混生地というのはごくごく数えるほどしかありません。(長野方面の混生地事情は私はわかりませんが)
40年以上も昔、北限のギフチョウを探して鳥海山の広大な山麓をあてもなく歩き回り、徒労ばかり多かったことを思うと、そこへいけば間違いなくギフの姿を見ることができる、という発生地はあまりにもラクチンすぎて、ギフチョウに会える喜びや感激も幾分か薄いものになってしまうのですが、それでも老年となってしまった身には、一部とはいえ、こうした安定的な生息地が残されているのはまことにありがたい限りです。

今年のヒメギフ撮影のときにお知り合いになった蝶撮影の同志F氏を助手席に乗せて、仙台を8時に出発。
現地には9時半ごろに到着しました。
気温も上がって、絶好のギフ・ヒメギフ日和です。
山道を塞いでいた雪がすっかり消え、カタクリが紫色のじゅうたんのように谷を埋め尽くしていました。
わたしがこの混棲地をはじめて訪れたのは30年ほど前のことでしたが、その当時はギフチョウヒメギフチョウの生息地は狭い地域のなかでもはっきりと分断されていて、混棲地とはいえ、発生時期が2週間ほどずれることも含めて、ギフとヒメギフが同じ空間を同時に飛び回るという「いかにも混棲地」的な状況というのはなかったのですが、今回久しぶりに訪れてみて驚いたのは、ギフもヒメギフも全く同じ谷筋に交互に、あるいは同時に飛んでいる風景でした。まさしく文字通りの「混棲」。
豪雪のせいで雪解けが遅れ、いつもはヒメギフが2週間ほど早く出るのが、今年は同時に羽化してしまったということかと驚きながらも、写真を撮る身にしてみれば嬉しい話で、一回で2度美味しいという事態でありました。

ギフもヒメギフもすでにだいぶ飛び古した個体が多く、時期的には一週間ほど遅かったかな。
ヒメギフもギフも、雌が盛んに産卵場所を探して食草周辺をウロウロと飛び回り、どちらの産卵シーンも一応ものにすることができました。前日に天気が良く、気温も上がったせいで、蝶たちは存分にお腹を満たした翌日ということもあってか、ほとんど吸蜜に訪れることもなく飛び回る個体が多くて、蝶の数の割りにシャッターチャンスは大変少なくて苦戦しました。たまにいいチャンスがあってもスレや欠けの個体で、これぞと思える写真を撮れなかったのがちと悔しい。汗;(早い話、カメラマンの腕が悪いってことですが はは)

写真を撮っていると、地元のギフ属専門カメラマンH氏が現れて、現地で何十年と観察されているなかで知りえた面白い情報を教えてくださいました。
特に興味深かったのは、
ここのギフとヒメギフは、もう昔のギフとヒメギフではなくなりつつあるという話。
つまり、いつの頃からかギフとヒメギフの自然交雑が進み始め、F1世代ばかりでなく、F2世代、F1、F2とギフ、ヒメギフ、F2とF1相互の自然状態のペアリングが繰り返されていて、純粋なギフ、ヒメギフの形質をもった個体が少なくなってきているというのです。
それを聞いて、思い当たる節がありました。
どうもギフにしては小さい、あるいは黄色みが薄い、ヒメギフにしてはちょっと大きめ、色が濃いといった感じのするものがちらほらと見受けられたからです。
他の単独産地のものに比べて、この混棲地のギフもヒメギフも両者の中間的個体の数が多いように思われます。
発生期に差がなくなってきているということも、実はそうした雑交による発生時期のマッチングとして表れた結果かもしれません。

またこうした時間的隔離ばかりでなく、産卵する食草への選択性も限りなく曖昧になってきていると思えます。
わたしが過去に観察したギフチョウの発生地では、ウスバサイシン、コシノカンアオイの2種が混生しているのに、ギフはただひとつの例外もなくコシノだけに選択的に産卵していました。
両種の種を分ける形質的にも生態に及ぼす影響でも決定的な因子のひとつが交尾嚢のカタチです。
ヒメギフは葉の展開時期が早いウスバサイシンの水平に開いた葉裏に裏返しに静止して産卵できるような交尾嚢のカタチをしていますし、ギフは葉の展開時期が遅いカンアオイの半ハート形に垂直に立ち上がったものでなければ産卵できない交尾嚢の形に特徴があります。
そのため、ギフの場合、ウスバサイシンには産卵植物として強く嗜好性を示しても、ギフの雌が発生した時点ではウスバサイシンの葉がすでに水平に展開していることが多く、殆どの場合ギフはウスバサイシンに産卵することができません。近くにコシノがあれば、当然産卵しやすいほうに卵塊を作ることになります。
ウスバサイシンしか生育していない場所では、ギフは食草の周りを散々飛び回った挙句、茂った葉のなかで垂直な傾斜を持った葉を探し当ててやっと産卵していると思われます。
この交尾嚢の違いは、産卵植物の違いに適合した進化の結果といえますが、雑交により、交尾嚢の形態も中間的なものに変化した個体が出現することがありうるわけで、本来のギフなら産卵できないウスバサイシンにも楽々と産卵できるようなヒメギフ的な交尾嚢の形状を持つようになった個体もいる可能性があります。

こうした2種を隔絶してきた複数の要因の敷居が低くなり、自然雑交がすすむことにより、ますます遺伝子が混交していき、2種が一種になってしまう、あるいはハイブリットが進んだ中間種へと変化してしまう可能性があるということではないでしょうか。
こうした現象が喜ばしいことなのか、あるいはこれも自然のダイナミックな現象の表れとして受け取るべきなのか私は判断がつきかねますが、ギフとヒメギフという裁然とした2種の違いがますますなくなって、2種へと別れようと進化してきた方向とはまた逆へ行こうとするこの混棲地の現象は実に興味深いものがあります。


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        山形県大石田町 2013/5/14                                DMC-GX1 F/5.6 1/2500 ISO-640 45-175mm
ヒメギフチョウ
        後翅はもうぼろぼろの雌。心なしか後翅斑紋が黄色でなくオレンジに見えます     


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山形県大石田町 2013/5/14                                DMC-GX1 F/5.5 1/1600 ISO-400 45-175mm
ギフチョウ 典型的ギフチョウに見えるが、通常の日本海側のギフにしてはちょっと小型


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        山形県大石田町 2013/5/14                                DMC-GX1 F/5.3 1/1300 ISO-320 45-175mm
        ヒメギフ雌 ウスバサイシンノ葉裏で産卵 葉の縁に爪を掛けずに裏返しに静止できる


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        山形県大石田町 2013/5/14                                DMC-GX1 F/5.3 1/2500 ISO-500 45-175mm
       ギフチョウ雌 ウスバサイシンの垂直な傾斜を保持している幼葉に産卵

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        山形県大石田町 2013/5/14                                DMC-GX1 F/5.3 1/2500 ISO-500 45-175mm
上画像のアップ。
ウスバサイシンの縁に前足の爪を掛けて、垂直な態勢で卵を産みつける

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        山形県大石田町 2013/5/14                                DMC-GX1 F/7.1 1/800 ISO-160 45-175mm
        午後になると高い林の枝の上を飛び、静止する  雨天時や夜間もこうした場所で過ごすようだ

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        山形県大石田町 2013/5/14                                DMC-GX1 F/5.6 1/800 ISO-160 45-175mm
       ギフとヒメギフ双方の特徴を持つ雄  翅形は丸みを帯びヒメギフ、前翅斑紋はギフ
後翅オレンジ紋が黄色との中間色 サイズもギフとヒメギフの中間