今年のフトオアゲハ - 寒波の影響・甚大 -

 台湾に蝶の撮影に出かけるというからには、その第一のターゲットは、もちろんフトオアゲハです。
 
 今回は、5年ぶりのフトオ撮影旅行でした。
 時期的には、4月末から5月中旬頃が最盛期と言われています。
 私は、GWの海外旅行ラッシュが終わる直後に10日間の日程でスケジュールを組みました。
 この時期、台湾北部は梅雨前線の停滞で、毎日どんよりとした曇り空や雨が続きます。
 数日程度の滞在では、フトオが活動する晴れ間に恵まれないことが多いので、最低でも1週間か10日間ぐらいの余裕が必要ではないかと考えました。 
 
 
 その日は朝から空は雲に覆われ、重く眠たげな一日でした。
 まぶしいほどの陽光と気温に恵まれた時にだけ、高所から舞い降りて吸水するというフトオアゲハの撮影には、必ずしも絶好とは言えないコンディションのように思えました。
 台湾に滞在中、3回この場所に通っているのに、いまだこの場所で吸水するフトオアゲハの姿を見ていません。

 1回目の時は、この時期の宜蘭としては、例外的に良く晴れた一日でした。 
 友人は、彼だけのシークレット・ポイントだと言って、彼が初めてフトオアゲハを撮影し、その後20年以上にわたって毎年のように複数個体を撮影している場所に案内してくれました。

 内田春雄氏は、彼の著書三部作のなかで、ある蝶標本商のガイドに連れられて、深い渓谷を何度も渡渉しながらたどり着いたポイントで、フトオアゲハとの初対面を果たしたことを書いています。
 わたしの友人が案内してくれた彼のシークレット・ポイントも、やはり渓流を何度も渡渉していく場所で、ここは内田さんが書いていたところなのかと尋ねると、それはまた別の所だという話でした。

 時期的にはジャストタイミング、この時期にしては最高のお天気。
 これでフトオアゲハが現れないはずはない・・と友人も自信満々だったのですが・・・・
 早朝から待ち構えているのに、フトオの姿はさっぱり見えません。
 ふと眠気に誘われて、うつらうつらとしてしまったとき、ああっと友人が声を上げたので見ると、一頭のフトオアゲハが我々のすぐそばを旋回するように飛んだかと思うと、渓流の下方に飛び去って行きました。

 その後は、まったく現れません。
 とうとう午後2時を過ぎて、撤収することになりました。
 フトオが吸水に訪れるのは、午前8時ごろから11時ごろと言われていて、その時間帯を過ぎてしまうと、どれほど条件がいい時でも降りてくる確率は少ないということです。

 我々がいる渓流の標高600-800Mあたりは、実はフトオアゲハの発生地からはかなり離れていて、発生しているのは標高1600M以上の高山で、人間たちはカメラを片手に、気温の高い時に発生地から離れた渓流沿いに彼らが下に降りてくるのをひたすら待っているというわけです。

フトオアゲハを待つ間にほかの蝶を撮影していました。
このあたりは、フトオアゲハ以外にあまり面白い蝶はいない、というのが友人の弁。

イメージ 2
ミカドアゲハ 2016/05/06  宜蘭
渓谷に沿って飛びながら、仲間を探している。
烏来渓谷では大集団を作るが、この場所ではあまり数は多くないようだ。

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ウスキシロチョウ 2016/05/06 宜蘭
普通種ではあるが、シロチョウにしては大きめで、クリーム色が清潔感があって美しい。

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タイワンヤマキチョウ 2016/05/06 宜蘭
日本のヤマキやスジボソヤマキの同類。翅を広げると鮮やかな黄色で、ツツジとの色の対比が目に痛いほど。
数は多くないが、山地では必ず目にする。

イメージ 5
アオスジアゲハ 2016/05/06 宜蘭
日本のものとは亜種が違う。
青帯が広くて美しい個体が多いようだ。



 2回目の時は、午前中はまあまあの天気。
 11時ごろから曇り空となって、午後は厚い雲が覆うような空模様でした。
 その日もフトオは、渓流には姿を見せることもなく、私たちはやはり午後2時ごろに撤収しました。
 しかし、その帰途、思いがけない場所でフトオを見つけました。
 20年以上にわたってフトオアゲハを観察してきた友人が初めて見た、というフトオアゲハの面白い行動が見られたのですが、そのことは次回に書こうと思います。
 

 3回目に訪れたのは、明日帰国するという最後の日でした。
 2回目に出かけた時に現れたフトオは羽化して日にちが経過した、あまり新鮮とは言えない個体でした。
 私としては、せっかくのシーズンに合わせて台湾にきた以上、新鮮な個体をなんとしても撮影したいものと願っていましたが、最後の日は午前中は曇り、午後は雨という、フトオを探すには最悪という薄暗いお天気でした。
 出かける前から、このお天気じゃダメだろうね、と言いながら、どれほど天気が良くなくても、残りの一日を無駄にするわけにはいきません。

 しかし、この日も奇跡が起きました。

 ポイントの河原に降り立ち、歩き始めてすぐ、同行の友人が「あっ!寛尾(コンウェイ)!」と叫びました。
 思わず立ちすくんで下を見ると、驚いたことに、フトオアゲハが自分の足元30cmほどのところで翅を広げているではありませんか。
 なんと、私は迂闊にもフトオアゲハを踏み潰すところでした。汗;
 右前翅に小さなひっかき傷があるものの、非常にきれいな♂。
 この新鮮な♂は、約3分ほどのあいだ、われわれのカメラに応じてくれたあと、突如、音もなく空高く飛び上がって、そのまま姿を消してしまいました。

イメージ 1
これは友人のシークレット・ポイントとは別の場所。
ここでも運が良ければフトオに会える。


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フトオアゲハ♂ 2016/05/14 宜蘭
吸水する姿にやっと出会ことができた。
眠たそうなどんよりとした曇り空。早朝に吸水に来ていた。
晴れた気温の高い日に吸水するというフトオアゲハの常識にも、やはり「例外」はあった。

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フトオアゲハ♂ 2016/05/14 宜蘭
足元30㎝のところで吸水していたのに気づかず、踏みつけそうになった。
驚いたフトオが翅をこのように立てたので、同行の友人が気がついたというわけだった。

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フトオアゲハ♂ 2016/05/14 宜蘭

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フトオアゲハ♂ 2016/05/14 宜蘭

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フトオアゲハ♂ 2016/05/14 宜蘭
この蝶が吸水を始めると、はじめのうちは翅を立てているが、吸水に夢中になるにつれ、写真のように両翅を水平に開き、ポンピングをしている間中、同じ姿勢をとり続けることが多い。
なので、写真もどうしても似たようなものばかりとなってしまう。
また、曇天の光量不足はいかんともしがたく、コントラストの弱いあまり鮮やかとは言えない写真ばかりになってしまった。汗;


 フトオアゲハは、台湾の蝶ファンのあいだでも、最も撮影意欲を刺激する蝶として、日本ではクモマツマキチョウやベニモンカラスのようにあこがれと人気があります。
 週末ともなれば、カメラを肩に下げた沢山の蝶撮影カメラマンが台湾全土から集まってきます。
 
 ところが、今年はフトオを撮影できた人が非常に少なく、この冬の100年に一回という台湾を襲った寒波が影響しているのではないかと言われていました。
 その日も、フトオアゲハの影を求めて多くのカメラマンたちがその場所に訪れていましたが、撮影できたのは結局われわれだけだったようです。