神様はゲストに微笑んだ - フジミドリシジミ -

 台湾から帰国して、その10日後。
 お世話になった林さんが仙台に来られました。
 今年で連続3度目の来日。
 今回の撮影目的はただ一つ。タニカドミドリシジミの日本における代置種・フジミドリシジミの撮影です。
 彼は過去二回とも、フジミドリシジミの撮影があと一日のずれで羽化時期に間に合わなかったり、天候不順で涙を呑んできました。
 今年こそは、3度目の正直。
 林さんはなんとしてもフジミドリの姿をゲットしたいと意気込んでいたのです。

 来日前、私は天気の様子を見ながら、毎日のようにポイントに出かけ、フジミドリシジミの発生状況を見ておりました。今年のほかの蝶たちの発生状況から見ても、例年より10日ほど早く出てくるに違いないと判断し、昨年より1週間早めの日程で飛行機のチケットを取ってもらっていたのですが、来日前日になっても、あろうことかフジミドリシジミの姿も、同時期に必ず現れるメスアカもアイノも全く姿を確認できませんでした。
 辛うじて、フジのポイントより100mほど標高の低いところで、羽化したばかりのメスアカを見ましたが、ほかには低山性のアカシジミやダイセンが市街地近郊の雑木林に見えるだけです。
 ううむ、これは非常にまずい状況です。

 明日来日するというぎりぎりに、林さんに、もう一週間ずらすことはできないかと相談しました。
 もう一週間待てば、間違いなく羽化してくるはず。
 日程を伸ばすことは可能だという返事でしたが、天気予報をみると一週間後は毎日のように曇りか雨の予想でした。天気予報の通りなら、たとえ羽化に間に合ったとしてもフジの撮影が不可能なのは明らかです。
 こうなったら、林さんの一週間の滞在中に羽化して出てくることに賭けるしかありません。幸い、来日当日からこの時期にしては非常に気温が高くなる予報です。もしかすると羽化直後のフジミドリに見参できる可能性もあり、一か八かで計画通り仙台に来てもらうことになりました。

 結果的には、これが大正解。
 林さんが来日して二日目に、今年初めてのフジの羽化個体が地表に舞い降りてきたのです。
 それも、連日、ぞくぞくと。

今年初めてお目見えした♂
過去5年間に、これほど綺麗な羽化直後の♂を見たのはこの個体が初めてです。

別の♂
撮影の角度と光線によって、煌めくような青緑の光の反射。
鱗粉の構造色を作るグリッドが見える。

いったん舞い降りた低い草から、さらに地面に向かって小さく飛ぶ。

地面へ降りて吸水。

殆ど乾ききった地面にストローを伸ばす♂。
体内の水分のはき戻しをしながら、地表のミネラルなどを摂取しているものか。
光線の加減で美しく輝く。

翅裏の地色には個体差があり、白っぽいものから、この個体のように♀のような褐色が勝ったものもいる。

足場にした葉上から、飛び降りる瞬間を狙った。

人の気配に敏感なものと、いったん吸水を始めるとまるで無防備になるものまで、個性もさまざま。
葉上から飛びあがるのを連射したら、7枚にピントが当たった。
こんな場合は、合成画像を作ってみたくなります。


 今年の仙台のゼフ発生状況はちょっと異常で、ミドリシジミの中では最も数が多いジョウザンミドリシジミがさっぱりおらず、メスアカは例年のポイントでは全く姿を見せず、いつもとは違う場所でテリを張っていたりする。
またウラキンも全く姿を見せない。
 一方で、フジミドリとアイノミドリは大豊作。
しかし、フジは♂が4日間だけ下降し、あとは梢に上がったきり。そして不思議なことに、例年なら♂より♀のほうが圧倒的に下に降りてくる数が多いのに、今年は1頭も見ません。

 こうしたゼフの各種ごとの消長の原因が何に由来するものか、興味は尽きませんが、今年の春以来の温かさ、6月に入ってからの異常に高い気温などが影響しているものでしょうか。
 こうした人為とは無関係と思われる現象のほかに、いつも撮影を楽しみにしていたミドリシジミの発生地のハンノキが皆伐されてしまうという残念なことも。

 さて、林さんには、新鮮なピカピカのフジミドリシジミの撮影を心ゆくまで楽しんでもらえたと思いますが、フジが盛んに下に降りてきて我々のモデルになってくれたのは、たった4日間のみ。林さんが帰国した日から、下降がピタリと終わってしまいました。
 その後は、どれほど下降の条件が満たされている日でも、まったくその姿を見かけません。
 不思議です。
 
 日本の神様は台湾からのゲストに最大限の微笑みを返してくれたもののようです。